2000.11.3
イギリス研究会 第27回用レジメ
よしてる
イギリスとダイヤモンド産業
Q:今回のテーマ選定理由は?
A:研究会で国立科学博物館の「ダイヤモンド展」を観ることになったので、予備知識を仕入れようと思ったからです。
また、TVなどでCMを流している「De Beers」がイギリスの会社で、ダイヤの価格をコントロールしているらしいと聞き、いったいどうやってそんなことを実現しているのか調べたくなったからです。
1.市場支配の足がかり−南アフリカ
(1)ダイヤモンドラッシュ
Q:ダイヤモンド産業とイギリスとはどんな関係があるの?
A:ダイヤモンド市場は、イギリスの会社デ・ビアス(De Beers)がコントロールしているといわれています。その足がかりとなったのが19世紀の南アフリカです。ですから、ダイヤとイギリスのかかわりを見るには、19世紀の南アフリカについて見ていく必要があります。
Q:なにがあったの?
A:19世紀までは、ダイヤの産出地といえばインドとブラジルだけで、その量も細々としたものだったのですが、1867年に状況は一変します。南アフリカ農民の子供が河原で原石を偶然発見し、続いて、ボーア人支配地域にこれまでにない規模の鉱山が発見されたのです。これがきっかけで、ダイヤモンドラッシュがはじまります。
(2)南アフリカ進出
Q:ボーア人ってオランダ人だと聞いたけど、なぜそれがイギリスと関係があるの?
A:たしかに、南アフリカを最初に訪れたヨーロッパ人はオランダ人、そしてフランス・ユグノー(プロテスタント)です。1652年からこの地に到着、植民をおこない、彼らはボーア人と言われるようになりました。
一方で、1795年からはイギリスがケープ地方を占領・植民地化しはじめました。というわけで、当時の南アフリカでは、ボーア人とイギリス人がせめぎあっていたのです。
Q:その大きな鉱山はボーア人のものになったの?
A:結局イギリスが奪い取ってしまいます。
この地には、グリカ族という先住民がいました。その首長は、ボーア人の国(オレンジ自由国)に、鉱山の所有権を主張しました。イギリスはこれを利用し、鉱山をケープ州に併合。後のキンバリー鉱山となります(図1参照)。ちなみに、キンバリーは英国植民大臣の名前です。
![]()
図1 南アフリカ(現在)
(3)愛国者によるデ・ビアス社の設立
Q:その後鉱山はどうなったの?ボーア人は?
A:二人の男が鉱山やダイヤモンド産業をより活性化させます。
一人は、ユダヤ人バーニー・バーナート。1873年ごろ、キンバレーのダイヤが枯渇したのですが、彼がさらに深い鉱脈を発見、100万ポンドを手にしました。
もう一人は、イギリス人セシル・ローズ(Cecil John Rhodes 1853〜1902 写真1参照)。1870年、病気療養のため南アフリカにやってきたのですが、ダイヤモンド探索士となり持ち前の商才を発揮し、19歳のころには大成功します。
他にも、一時的に儲けた人はいるのですが、ローズとバーナートのみが効果的な設備投資・買収合併をおこない、二大勢力になりました。
一方でボーア人は、同じころ見つかった金鉱(これもローズが押さえた)についてもイギリスと争い、1899年に戦争を起こしますが、1902年には負けてしまい、南アフリカの覇権はイギリスのものになります。
写真1 セシル・ローズ
Q:その後、バーナートとローズはどうなったの?
A:当初は資金力でバーナートが一歩リードしていました。そこでローズはバーナートに接近。人脈を駆使して、当時ユダヤ人お断りのキンバレークラブへの入会を斡旋、さらにケープ州議会員への当選を手伝うなどして信頼を得ました。結果、バーナートの会社を530万ポンドで買収、デ・ビアス鉱山社(De
Beers Consolidated Mines)を設立するに至ります。
バーナートは優れた商売人でしたが、ローズはそれに加えて熱烈な愛国者であり、南アフリカをイギリス支配下におくことに並々ならぬ意欲をもっており、それがこの合併につながったといわれています。
そして、19世紀末には、デ・ビアス社でダイヤモンド生産地の9割を掌握するまでになりました。加えて、南アフリカの覇権はイギリスのものになり、ローズの功績をたたえたローデシアという国までできた(現在のザンビア及びジンバブウェ)のですから、ローズの野望は達成されたといえるでしょう。
なお、余談ですが、オックスフォード大学のローズ奨学金は、ローズの遺産で成り立っているものです。
2.デ・ビアスによる市場支配の確立
(1) 市場支配の仕組み
Q:でも現在は、南アフリカの産出量は世界の1割に過ぎない。デ・ビアスは、どうやって市場をコントロールしているの?
A:おおざっぱにいうと、デ・ビアスは世界の多くのダイヤモンド原石を一括して買い上げ、それを研磨・販売業者に卸しているのです。極端に言えば、デ・ビアスを通さないとダイヤは売れないような仕組みになっています。具体的には下図のとおりです。






![]()
(2) デ・ビアス存続の理由
Q:かなり強固な統制がとれているようだけど、抜け駆けしてダイヤを売ろうというところはないの?
A:第2次世界大戦後、イスラエルがダイヤモンド市場覇権争いを起こしたことがあります。
ローズの死後ユダヤ系がコントロールするようになったデ・ビアスや国勢金融界のユダヤ人は、イスラエルに協力し同国のダイヤモンド産業を発展させたことがありました。一時期は、イスラエルの全輸出中4分の1が加工ダイヤモンドという時期まであったほどです。さらにイスラエルは、軍需産業でつながりのある南アフリカからデ・ビアスを通さずに原石を買うなどしはじめるに至りました。そのため、同じユダヤ系というもののデ・ビアスとの対立を深めることになりました。
しかし、そのためにダイヤの供給が過剰になりダイヤの価格は暴落。さらに、デ・ビアスがかけた圧力によりイスラエルの輸出は鈍化、結局「原石の買い付けはデ・ビアス社、研磨加工はイスラエル」という作業分担が定着するようになりました。
要するに、ダイヤモンドというものは本来それほど希少なものではないのですが、デ・ビアスが流通量を調整しているから、高い価格設定や「貴重なもの」というイメージが保たれているわけです。ですので、例えば産出量2位のロシアは、デ・ビアスを刺激しないように配慮しているといわれています。
Q:現在のデ・ビアスはどれほどの力を持っているの?
A:1998年のデ・ビアス社・中央販売機構(CSO)の原石販売実績は33億ドルで、全世界の原石の半分にあたります。
管理している原石の数以外にも、現在でも国際的に大きな力を持っていることを如実に示すエピソードとしては、シエラレオネの紛争ダイヤ(conflict diamond)に関する国連の行動があります。同国のダイヤモンドは、紛争ゲリラの資金源になっているといわれているため、国連がデ・ビアスの幹部に会い、そのダイヤを買わないよう要請したそうです。見返りとしてデ・ビアスは、正規ルートを確保できるよう国連に約束させています。結果、国連軍は同国に大量投入されるようになったそうです。
最近の日本のお茶の間では、TVCMでその名前をよく耳にするようになりましたね。
3.まとめ
・
イギリスは、南アフリカでのダイヤモンドラッシュ時に中心的な鉱山を手に入れ、市場支配の足がかりをつくった。
・
イギリス人セシル・ローズによって設立されたデ・ビアス社がダイヤモンド生産地のほとんどを掌握し、ダイヤモンド原石をほぼ買い占めた後業者に販売する仕組みをつくり、市場支配を確立した。
・
デ・ビアス社は現在もダイヤモンド市場の多くを統制している。ここでおこなわれる価格統制のために、ダイヤモンドの価値が下落しないという側面もある。
<参考文献>
・ウェブサイト「ダイヤモンド産業とデビアス社」 http://www.nihongo.com/diamond/kihon/diamdebe.htm
・
斎藤清「金鉱山からのたより 2000.3.6」
まぐまぐhttp://www.mag2.com/misc/wmag2reg.htm
−マガジンID:0000005790−
・太田正利「物語・「虹の国」南アフリカ」時事通信社 1999
・(財)矢野恒太郎記念会編「世界国政図会1999/2000」国勢社 1999
・マイクロソフト「エンカルタ97」 1997
<参考1>
Q:ダイヤモンドはどこで多くとれるの?
A:オーストラリアが突出して多いです。具体的には下表のとおり。

<参考2 関連した話題を扱うフィクション>
さいとうたかを「ゴルゴ13 第61巻 裏切りのスワスチカ」 リイド社 1986
世界のダイヤモンド市場を支配するユダヤ系企業「デ・ロアズ」に対し、独占の切り崩しをはかる勢力が登場。互いの抗争の中でゴルゴにダイヤモンド狙撃の依頼が・・・というストーリー。実際のデ・ビアスの中央販売機構による販売手法もほぼそのまま描かれています。
シドニィ・シェルダン「ゲームの達人」 アカデミー出版サービス
富豪女性の劇的な一生を描いたこの小説では、物語の冒頭で、19世紀アフリカのダイヤモンドラッシュの様子が描かれています。
イアン・フレミング「007 ダイヤモンドは永遠に」 1971(映画公開年)
市場に出てこない「闇ダイヤモンド」の流通を嫌ったイギリス政府がボンドを動かす、というストーリーです。
以上